6月3日発売の歌人・北海学園大学教授の田中綾先生の新著『書棚から歌を』に、拙著『詩吟女子』の紹介文が掲載されています。
これは、田中先生が「北海道新聞」日曜文芸欄に連載されているものをまとめられたもので、短歌が出てくる本を、その短歌と共に批評・紹介しているものです。
短歌(五七五七七の和歌)の歴史は深く、万葉集の時代から現代短歌まで実に現代まで続いている伝統文化・文芸であるのですが、大抵の本が、その時代区分で分けているところを、この本では、田中先生が選出した"短歌が出てくる本”という点で、選び取られています。
そういう意味で短歌自体の作られた時代区分に沿ってはいないのですが、というか、いないからこそ、その短歌のストレートな解説をしていて、そのままそっくり胸に響いてくる。そして、その短歌について深めたければ、それを掲載している本を読めばいい、というとてもわかりやすい"ブックガイド"なのです。
古からの短歌を紹介するからには、確かに時代を行き来するのではありますが、短歌というある一定の形式をもちつつ、時代の流行りの中の一点をみるわけではないので、特にその短歌一つの意味=作者個人の思いがありありと浮かび上がってくる。
それがあってからのその時代背景を知りたくなる、という構造となっていて、読み手は何となしに気に入った短歌がこの本から見つかれば、さらにそこで紹介されている本を掘ることができる。
だからこそ、自分にあった短歌の楽しめる余地が見つかるようであります。
詩吟では、和歌に特化して言えば、特に萬葉〜古今集時代周辺の和歌の中でもさっぱりとした情景を詠んだものを吟ずることが多く、そこから飛んで、明治期の石川啄木や若山牧水の、つい口ずさみたくなるものが吟ずる対象となっています。
しかし、いろいろな時代の短歌を知るにつれ、吟じたいものを吟じられるものなら吟じてもいいのではないかと思いがこの本を読んでさらに強くなりました。
実際に最近では、生徒さんが吟じたい詩を選び取ってきて、それに私が節をつけて吟じてみる、ということがあります。
そもそも詩吟が、詩を味わうための方法の一つであるとするなら、何を吟じてもいいとも言えますが、実際はそうでもない。吟ずるに耐え得る作品、それはつまり文学的に良質な作品、ということなのでしょうか。
私は吟ずる方の専門なので、文学のことはよくわかりません。ただ、文学作品として有名なものばかりが詩吟の題材となるとは限らないようです。
そこで考え得るのが音(音楽)として面白いものになるかどうか、ということがありますけれども、やはりそれだけでは務まらない何かがある。
それよりも、もし、吟じようとするその詩に対して、何か感ずるものがあれば、それはとてもとても大切なことではないか。
田中先生のこの本では、戦中戦後の、いわば教科書には載っていない和歌も紹介されています。そこで改めて気づくことが、詩(和歌)とは、凝縮された強い思いが表現されているということ。その詩によってその時代を生きた人々の思いがみえてくる。
それこそが和歌の本質でもある。伝統的な日本文化美しいといったそんな単純なものではなく、その思いやそれによる時代背景がみえてくる。それに対して素直にどう感じるか。声に出して吟じてみたいと思うか。それが詩吟のきっかけのようにも感じます。
私の主催するナチュラル詩吟教室では、年2回夏と冬に発表会を開催していますが、その1つである七夕祭り発表会が、来る7月5日に渋谷のクラシックスという場所で開催されます。
そこでは、生徒さん有志30名程が詩吟を発表しますが、それぞれが違う詩を吟ずるということに決めていて、また、キャリアや形態に関わらず、詩の作者の生誕年順に吟じます。
今回の7月5日の発表会では、紀元前の項羽に始まり、唐代の中国詩人、漢詩人、平安時代の宮廷和歌、戦国時代の漢詩、江戸時代の漢詩・俳句、幕末の漢詩、明治期の和歌・新体詩と並び、時代と文芸の変容も一度にみてとれるのも楽しみです。
しかし、特に今回もっともこだわったのは、詩を吟ずる各人に合った詩を選んだというところにあります。もちろん基盤には本人が吟じたいものがありますが、そういうものがない方には、どんな詩がいいか。
これは、詩を吟ずるに際し、テクニック的に簡単か難しいかということも考慮していますが、それにも増して、なぜかしら個人個人に合う詩というものがあるのです。
とっても単純な話でいうと、中学二年生の生徒さんは、百人一首にもでてくる在原業平の「ちはやふる」が好きなので、じゃあ今度の発表会ではそれを吟じようというと、いつも以上にとっても上手くできました。
他には、声を出すことが楽しくて詩にはあまりこだわらないKさんも、今回発表会でやる詩は何だか合っているような気がします、と嬉しそうに言います。
こんな感じで、自分に合うかもしれない詩に出会っていく。
自分に合う詩に出会うとは、いったいどういうことなのか。
それは、自分自身に出会うことなのかもしれません。
田中綾先生の『書棚から歌を』のあとがきの最後には、こうあります。
本書は短歌のコラムというより「ブックガイド」として書いたものなので、興味を抱いた方は、ぜひ、紹介した本そのものをお目通しいただきたい。書店も出版社も、そして図書館や古書店も、あなたの訪れを心待ちにしているのだから。
詩は、本は、書かれたそのことよりも、それを読む人と出会うこと、なのかもしれません。
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▶「詩吟女子:センター街の真ん中で名詩を吟ずる」乙津理風著(春秋社)